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第1話:借金まみれの少女、グアングアン

収録作品 砂漠の黒ギャル剣士グアングアン

アシュラ帝国の貧民街、借金に追われる少女グアングアンの凄絶な生存記!弟のために命を懸けた「死体漁り遠征隊」に合流した彼女の運命は?謎の美女・トッキと共に、過酷な砂漠の旅が今始まる。

公開日: August 17, 2025

アシュラ帝国、南部辺境のある都市。 太陽が照りつける砂漠の真ん中に築かれたこの都市は、帝国の栄光とは程遠い場所だった。中心街から少し外れれば、板張りの小屋がひしめき合う貧民街が現れる。グアングアンはそこで生まれ育った。

「姉ちゃん、お腹すいた……」

弟のヌアングアンの声に、グアングアンは空の米袋を見つめた。昨日まで半掴みほど残っていた米が、底をついていた。

「……姉ちゃんがどうにかして探してくるから」

グアングアンは古びた布を腰に巻き、小屋を出た。朝の陽射しが痛かった。褐色の肌が光り、汗が流れた。

我が家は元々、三人家族だった。 父さん、私、弟。 貧しかったが、それなりに幸せだった。父さんは埠頭で荷運びの仕事をし、帰り道に時々果物を買ってきてくれた。弟はその果物を受け取って明るく笑い、私はその姿を見て笑った。

それがいつの事だっただろうか。 「ピラミ」の移民たちが都市に溢れ始めたのは、5年ほど前のことだった。アリのように勤勉で、人間より少ない賃金でも文句ひとつ言わずに働くピラミたち。雇用主たちが当然のように彼らを選んだ。

父さんは職を失った。

「父さんがたくさん稼いでくるから、弟と仲良くしてるんだぞ?」

その言葉を残して、父さんは街を去った。 そして、戻ってこなかった。 もう3年になる。

「税金の徴収に来ました」

門の前に帝国の徴収官が立っていた。脂ぎった顔に太鼓腹の中年男。手には帳簿と筆を持っていた。 グアングアンは溜息を飲み込んだ。

「お金なんてありません。先週も払ったじゃないですか」 「あ? ふざけてるのか?」

徴収官の目が細くなった。

「国を乱すゴキブリめ。税金のおかげで、お前らがここで足を伸ばして安全に寝られるんだぞ。これ以上滞納してみろ、お前……奴隷として売り飛ばされるぞ、わかってるのか?」

税金は確かに月に一度のはずなのに、なぜ毎週違う徴収官がやってくるのか。 答えは簡単だった。 腐敗だ。 徴収官たちが私腹を肥やすため、勝手に税を徴収しているのだ。上層部がそれを見逃しているのは言うまでもない。必死で稼いだ金は、そうして消えていった。

払えなかった税金は、商人組合銀行で自動的に貸付が実行される。その借金には利息がつく。複利で。 返せなければ? 連行されて投獄され、借金返済のために奴隷として売られる。 今、私たちがまさにその状況だった。

「うう……どうしよう……」

部屋に戻ったグアングアンは頭を抱えた。 窓の向こうでは、弟のヌアングアンが庭で木刀を振るう姿が見えた。真剣な表情で虚空を斬る少年。

「姉ちゃん! 今度の武士養成学校の試験、絶対合格するから心配しないで!」

ヌアングアンが叫んだ。汗に濡れた顔が陽光に輝く。 武士養成学校。 帝国が運営する武士警察の養成機関だ。入学すれば学費はもちろん宿食まで解決し、卒業すれば安定した職が保証される。貧民街の子供たちにとっては、唯一の脱出口だった。

「ええ、ヌアングアン。期待してるわよ」

グアングアンは笑ってみせた。笑うことが、これほど疲れることだっただろうか。 弟が試験を受けるまで、持ちこたえなければならない。 どうにかして。


武士警察でさえ巡回を嫌がる路地の突き当たり。 古びた看板には『放浪者の休息所』と書かれていたが、ここをそう呼ぶ者はいなかった。ただの『ドゥランの店』だ。

「こんにちは、ドゥランおじさん!」

グアングアンが入ると、カウンターの奥の巨漢が顔を上げた。山のように盛り上がった腹に、むさ苦しい髭の中年男。父親の故郷の友人だという。

「おお、可愛いお嬢ちゃん、よく来たな!」

ドゥランが明るく笑った。パン屑のついた手でテーブルをゴシゴシと拭きながら。

「何か、新しく入った仕事はないですか?」 「うーん……今はこれといったものはないな」

ドゥランの表情が曇った。

「最近、帝国が国境地帯の領土回復に力を入れていてな、仕事は全部そっちに集中してるんだ。街に残っているのは残りカスみたいなもんさ」 「あぁ……そうですか……」

グアングアンの肩ががっくりと落ちた。 今すぐ金が必要なのに、仕事がないなんて。 どうしよう。

その時、隣のテーブルで騒ぐ声が耳に入った。

「とにかく、あそこで軍人の刀を数振りくすねてくりゃ、人生おさらばよ」 「へぇ~、本当ですか?」

酔っ払った浪人たちだった。鞘に埃が積もっているのを見るに、長い間まともな仕事にありつけていないようだ。

「北の国境地帯だよ。帝国軍と太陽教の連中が毎日やり合ってるんだ」 「いや、そこに行って両方の軍隊に叩きのめされるんじゃないですか?」 「夜にこっそり行って、死体から剥ぎ取るのさ。死んだ奴らに刀なんて必要ないだろ?」

グアングアンの耳がぴくりと動いた。

「でも、あそこには食人種が出るって噂じゃないですか?」 「だから危険手当が含まれてるんだろ。期間は一ヶ月、給与は一万両だ。生きて戻れば人生が変わるぜ」

一万両。 借金を清算してもお釣りがくる大金だ。

「とにかく、明日の朝、一緒に一旗揚げたい奴は行ってみな。酒場の前に集まるそうだ」

グアングアンはゆっくりと首を巡らせた。壁の掲示板に一枚の紙が貼り出されていた。

『死体漁り遠征隊募集。経験不問。給与1万両。』

その下には、いくつかの名前が記されていた。 グアングアンは席を立った。 そして掲示板の前に立ち、鉛筆を手に取った。

グアングアン。

荒々しく名前を書き込んだ。

「いい決断だ」

後ろから声がした。振り返ると、ドゥランおじさんがナス丼を持って立っていた。

「気をつけるんだぞ。あそこは……本当に危険な場所だ」 「はい」

グアングアンは丼を受け取り、頭を下げた。 どうせここにいても奴隷に売られるだけだ。 それならば。


翌日、日が昇る前に目を覚ました。 ヌアングアンはまだ眠っていた。グアングアンは弟の額に手を当てた。温かかった。寝言を言いながら寝返りを打つ姿は、幼い子供そのものだった。

「行ってくるね」

ささやき、扉を出た。 酒場の前には既に十数人の人々が集まっていた。浪人、失業した労働者、借金に追われる博打打ち……。どいつもこいつも、人生に追い詰められた顔をしていた。

「全員集まったか?」

一人の老人が前に出た。白い髪を後ろで結び、背中には大きな風呂敷を背負っている。曲がった腰にもかかわらず、眼光だけは鋭かった。

「わしはケンだ。今回の遠征隊を率いることになった」

ケンじいさんは咳払いを一つして、言葉を継いだ。

「簡単に説明する。北の国境地帯まで二日の距離だ。そこで帝国軍と太陽教の死体を漁り、値打ちものを回収する。目標量を満たせば帰還する。危険手当込みで一人一万両だ。質問は?」

誰もいなかった。

「よし、出発だ」

遠征隊が動き始めた。 砂漠は静かだった。夜明けの涼しい空気が肌をかすめた。だがそれも束の間、日が昇ると猛烈な熱気が全身を圧迫した。

「うっ、臭え……」

誰かが鼻をすすめた。 ……私のこと? グアングアンはそっと自分の体の匂いを嗅いでみた。この暑さで汗をかかないはずがない。確かに少し酸っぱい匂いがした。

「あんた、そんなに汗をかいたら脱水症状で倒れるわよ?」

隣から声がした。 振り向くと、一人の女が立っていた。 銀色の髪が風になびいていた。肌は白いというより蒼白で、瞳は赤かった。まるで神話の中から飛び出してきたような外見。

「砂漠を、この時間帯に歩き慣れていないもので……」 「こっちへおいで」

女が突然、グアングアンの腕を抱きしめた。

「ひゃっ?!」

冷たい。 いや、涼しい。 女の体から冷気が流れ出していた。灼熱の太陽の下で、氷を抱きしめたようだった。

「はぁ……♡ 涼しい……」 「私、砂漠でも肌が冷たい方なの」 「不思議ですね。どうしてそんなことが?」 「……」

返事がなかった。 無視されたのか? その時、女が口を開いた。

「あのね、正直に言うと」 「はい?」 「あんたを見てると、なんだか生き別れた妹を思い出すのよね」

グアングアンは目をぱちくりさせた。急に何の話だ?

「子供の頃、あの恐ろしい日のことよ。村に食人種たちが攻めてきて、火の手が上がり、人々の悲鳴が天を突いた。私は逃げるのに必死で、結局家族と離れ離れになっちゃった」

女の声は淡々としていた。まるで天気の話でもするように。

「その時、食人種に一度捕まったんだけど……まあ、いいわ。あの日以来、私は一人ぼっちになって、二度と平凡な日常を送れなくなった。だから剣を振るい、石弓を撃ち、夜な夜な戦いの練習をして生きてきたの」

重い話だ。 ところが。

「でもね、そうやって真面目な話をしてたら、急に昨日の夕飯のこと思い出しちゃった」 「……え?」 「スープにご飯を入れて食べたんだけど、汁がちょっと塩辛くて喉がカラカラになっちゃって。だから水をガブガブ飲んだんだけど……その瞬間、『あ、これ砂漠の真ん中に放り出されたら水がどれだけ大切なんだろう?』なんて、どうでもいいこと考えちゃって」

なんだ、この人。

「あ、でも砂漠の話をしたら、またあの時やった生存訓練を思い出しちゃった。蛇を捕まえて焼いて食べようとしたら逃げられちゃって、それ以来、蛇を見ただけで鳥肌が立つの。実は私、強いふりしてるけど意外と怖がりなのよね。あ、でもその蛇、焼いて食べたら鶏肉みたいで美味しかったんだけどさ~」

止まらない。

「戻って、妹の話をすると……まだ見つかってないの。食人種のハンター集団に入って、数え切れないほどの村を巡って、廃墟までひっくり返して探したけど、手がかり一つなくて。だからいつも悩んでるの。あいつらは、果たして元からあんな怪物だったのか、それとも私たちみたいな人間だったのに、何かの理由で変わっちゃったのか……」

グアングアンは呆然と聞き入るしかなかった。

「あ、そうだった。私、ちょっと喋りすぎ? 普段はこんなにお喋りな性格じゃないんだけど、あんたの前だとなんだか言葉が長くなっちゃうのよね。子供の頃、妹の前でもそうだったから。あ、でもパンの話をしたら、またパンが食べたくなっちゃった。私はカリカリに乾かした猪の肉とサボテンのピクルスが入ったパンが一番好きなの。妹もパンが好きだったなぁ。二人でこっそりパンを盗み食いして、お母さんに怒られた記憶もあるし……」

この人、本当に止まる気がない。

「あ、ところで、あんたの名前は何?」

やっと終わった。

「私の名前は、グアングアンと言います」 「グアングアン? グワングワン? ……よし、これからはパンパンって呼ぶわね」 「どうしてそうなるんですか? それはそうと、私も貴方の名前を知りたいです」

女がニカッと笑った。

「私の名前は……トッキ(うさぎ)よ。パンパン、よろしくね」

トッキ? 人の名前に「うさぎ」?

「はい……よろしくお願いします、トッキさん」

グアングアンは頷いた。 変な人だ。 でも、悪い人ではなさそうだ。


砂漠の夜は昼とは正反対だった。灼熱の熱気が消え去り、冷たい風が骨の髄まで染み込んできた。

「今日はここで野営だ」

ケンじいさんが宣言した。遠征隊員たちがそれぞれ荷を解き、寝袋を取り出した。 グアングアンも借りてきた寝袋を敷いて横になった。星が降り注ぎそうな空だった。都市では見たこともない光景。

(明日には国境地帯に着く)

緊張しながらも、不思議と心は落ち着いていた。

「グアングアン」

隣から声がした。 トッキさんだった。

「何ですか?」 「私、寒いの」

そう言うと、突然グアングアンの横に潜り込んできた。

「わっ?! 冷たっ!」

トッキさんの体から冷気が流れ出していた。昼間はあんなに涼しかったのに、夜になるとそれがそのまま寒さになっていた。

「あんたは温かいわね。いいわ」

トッキさんがグアングアンを抱きしめて目を閉じた。

「ちょ、ちょっと――」 「おやすみ」 「……」

トッキさんは瞬く間に眠りについた。 昼間あんなにお喋りだった人が、こんなに早く寝るなんて。 グアングアンは溜息を漏らした。

「すー、すー……」

それでも、静かに眠る姿はなかなか可愛い。 口さえ閉じていれば美人の部類なのだが。 グアングアンもゆっくりと目を閉じた。

明日になれば戦場だ。 何が起こるか分からない。 けれど、なぜだろう。 一人ではないということが、少しだけ心強かった。

Mochimore
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