に戻る 砂漠の黒ギャル剣士グアングアン
ep5. トキさんの正体と豆腐料理 cover

ep5. トキさんの正体と豆腐料理

収録作品 砂漠の黒ギャル剣士グアングアン

砂漠ポストアポカリプスの世界観で繰り広げられるSFファンタジー。機械の四肢を持つ剣客と、古代戦争の遺産であるシンス・エノク、そして生き残るために剣を取ったグアン・グアン。

公開日: September 14, 2025

第5話

「トキさんの正体とちいさな師匠」

砂漠を抜け、山へと分け入った。

乾いた砂地は次第に岩だらけの地形へ変わっていく。サボテンの代わりにイバラの茂みが生え、風も少し冷たくなった。

「もうすぐだよ」

トキさんが言った。

半日歩いた末、山の中腹にたどり着いた。

そこに家があった。

…家?

グアン・グアンはぱちぱちと瞬きをした。正確には「家」というより、巨大な鉄の箱だった。錆びたコンテナを二つ繋ぎ合わせたような構造物。壁には奇妙な紋様と数字がびっしり刻まれている。

「ここが…師匠の家なんですか?」

「うん」

トキさんは扉をノックした。

トントントン。

「エノク師匠!来ました、トキです!」

しばし沈黙。

そして。

ガラガラ— バン!

扉が開いた。

扉の内側に誰かが立っていた。

幼い女の子だった。

十歳?十一歳?グアン・グアンより頭ひとつ小さい。短い黒髪に大きな目。白いワンピースを着ていた。

「おお、トキか。来たのか」

女の子が言った。

声は子どものものではなかった。低く落ち着いたトーン。まるで長く生きた賢者のような口ぶり。

「今回は腕が片方、まるごと飛んだみたいだな」

「えへへ、ちょっと無理しちゃいました」

トキさんは頭をかいた。

…ちょっと待って。

腕が飛んだ?

グアン・グアンはトキさんを振り返った。両腕ともちゃんと付いている。

「さあ入れ。直してやる」

女の子—エノク—が中へ入っていった。

トキさんも続き、手招きした。

「グアン・グアン、クイも入って」

「あ、はい…」

グアン・グアンとクイは目を見合わせた。二人とも状況が飲み込めない顔だった。

コンテナの中は意外に広かった。

片側の壁には本棚がぎっしり並び、反対側には作業台と妙な機械が置かれていた。冷蔵庫まである。電気が通っているのか、ブーンと音を立てていた。

「さあ、横になれ」

エノクが作業台を叩いた。

トキさんは作業台の上に横になり、左腕を持ち上げた。

カチッ。

腕が外れた。

「?!」

グアン・グアンは悲鳴を飲み込んだ。

トキさんの左腕が肩の関節から分離していた。血は出ない。切断面には金属と配線が見えていた。

機械の腕だった。

「ぎ、義手だったんですか?!」

「うん。言ってなかったっけ?」

トキさんは平然と答えた。

「実は腕だけじゃないんだ」

右腕も外れた。左脚も外れた。右脚も外れた。

四肢すべてが機械だった。

「…ええええ?!」

グアン・グアンの悲鳴がコンテナの中に響いた。

「ふぅ…ふぅ…」

グアン・グアンは椅子に座り、息を整えた。衝撃が大きすぎた。

隣ではクイも顔面蒼白になっていた。

「そ、その方の手足が全部…」

「機械だ。義手、義足」

エノクは淡々と言いながら、トキさんの左腕を分解した。

「今回はかなり酷く壊れてるな。関節モーターが逝ってる」

「食人鬼の首を斬るのに力を入れすぎたのかも」

「無茶するなと言っただろう。剣は斬るものだ。叩くものじゃない」

「えへへ…」

グアン・グアンは呆然とその光景を見ていた。

手足のないトキさん。肩と腰で途切れた四肢。その隙間から覗く金属の関節と配線。

本来なら恐ろしいはずなのに、なぜか怖くはなかった。トキさんがあまりに平然としているからだろうか。

「あの…エノクさん?」

グアン・グアンが恐る恐る尋ねた。

「エノクでいい」

「はい、エノク…さん。失礼ですが正体は…?」

エノクは手を止め、グアン・グアンを見た。

「トキから聞いてないのか?」

「いいえ、まだ…」

「そうか?」

エノクは作業を再開しながら言った。

「私はシンスだ」

「シンス?」

「生体型の人工人間。昔々、人間とAIが大戦争をした時に作られた存在だ」

クイが飛び上がった。

「だ、大戦争?!太陽教の聖典に出てくるあの…?!」

「そう、それだ」

エノクはうなずいた。

「人間がAIを作り、AIが賢くなりすぎて反乱を起こし、戦争になった。シンスはその時、AI側が人間社会に潜入するために作った生体スパイだ」

「じゃあエノク様は…敵、なんですか?」

クイが警戒して尋ねた。

エノクは鼻で笑った。

「戦争は千年前に終わった。今はただの年寄りの機械の塊だ」

手が再び動く。繊細な動きで部品を組み立て、配線を繋ぎ、ネジを締めていく。

「元々は成人女性の外見だった。だが部品が手に入りにくくて、どんどん小型化した。今の身体が一番効率的だ。村にも出入りしやすい」

「だから子どもの姿なんですか?」

「うん。かわいいだろ?」

「…」

答えに困った。

エノクは最後のネジを締め、トキさんの腕を付け直した。

カチッ。

「よし、できた。動かしてみろ」

トキさんは腕を振った。指をくねくね動かした。

「おお、ちゃんと動く!ありがとうございます、師匠!」

「脚も点検しないとな。時間がかかる。お前たちは飯でも食ってろ」

エノクは冷蔵庫を指した。

「材料がある。適当に作って食え」

「じゃあ私が料理する!」

トキさんが勢いよく立ち上がった。

「トキ、脚はまだ直ってないだろ」

「腕さえあれば大丈夫!料理は手でするもんだから!」

トキさんは片脚でぴょんぴょん跳ねて冷蔵庫を開けた。

「今日は豆腐で二品作ってあげる!麻婆豆腐とキムチ豆腐!」

材料を取り出し始めた。豆腐、豚肉、豆板醤、ネギ、ニンニク、キムチ…。

グアン・グアンは呆気に取られた。

ついさっきまで手足が分解されていた人が料理をするって?

「グアン・グアン、ぼーっとしてないで手伝って」

「あ、はい!」

グアン・グアンが慌てて近づくと、トキさんが豆腐を渡してきた。

「これ、角切りにして。だいたい2センチくらい」

「はい…」

包丁を握り、豆腐を切り始めた。ぷるぷるした感触。人を斬るのとはまるで違う。

「クイはネギ切って」

「は、はい!」

クイも急いで来て、ネギを掴んでぎこちなく切り始めた。

「おい、お前、包丁下手だな」

「わ、私は騎士の修練しかしてなくて…」

「騎士が料理できないでどうすんの。野戦で飢え死にするぞ」

トキさんが舌打ちした。

一方、トキさんは付け替えた機械腕で手際よく動いた。中華鍋を火にかけ、油をひき、ネギとニンニクを炒める。

ジューッ—

香ばしい匂いが広がった。

「うわ…」

グアン・グアンは感嘆した。ようやく腹が減っていたことに気づく。最後に食べたのはいつだっただろう?

トキさんが豚肉を入れた。ジュウジュウという音とともに肉汁が弾ける。

「肉に火が通ったら豆板醤入れて、水入れて、豆腐入れて…」

赤いスープがぐつぐつ煮え始めた。

「ごま油ちょっと、胡椒をぱっぱ、花椒の粉をさらさら…」

辛くて痺れる香りが鼻を刺した。

「はい、麻婆豆腐完成!」

トキさんは皿に盛った。赤く艶やかな麻婆豆腐。その上にネギをさらりと散らした。

「キムチ豆腐はもっと簡単。キムチ炒めて、豆腐入れて煮れば終わり!」

もう一つの中華鍋でキムチが炒められ始めた。酸っぱくて辛い匂い。

しばらくして。

「完成!」

テーブルの上に二皿が置かれた。赤い麻婆豆腐と赤いキムチ豆腐。そして白いご飯。

「うわあ…」

クイの目が輝いた。

「わ、私、こんなの初めて見ます。太陽教では肉を食べないんです」

「は?肉食べないの?」

「教義で殺生を禁じているので…」

「戦争はするのに?」

「そ、それは聖戦なので…」

「変な教義だな」

トキさんはスプーンを取った。

「とにかく食べて。美味しいから」

四人は囲んで食事を始めた。

麻婆豆腐をひと匙すくい、ご飯の上にのせて口に運ぶ。

「…!」

辛い。痺れる。だがそれだけではなかった。

肉の旨味、豆腐の柔らかさ、ご飯の香ばしさが合わさって舌を包んだ。辛いから汗が出るのではなく、「美味しくて」汗が出た。

「美味しい…トキさん、料理本当に上手ですね」

「えへへ、でしょ?」

トキさんは得意げだった。

キムチ豆腐も美味しかった。酸っぱくてピリ辛な汁がご飯に完璧に合う。

「はあ…」

腹がいっぱいになった。

温かかった。

数時間前まで死にかけていたなんて信じられなかった。

食後。

エノクがトキさんの脚を直している間、四人は酒を飲んだ。エノクの倉庫から出した古い酒だった。

「これ、何年ものですか?」

「さあな、五十年くらい?」

「…」

グアン・グアンは慎重に一口飲んだ。強烈だ。喉が焼けるみたいだった。

「くぅっ…」

「酒も飲めないのか、うちのグアン・グアンは」

トキさんがくすくす笑った。

月明かりが窓から差し込んだ。外はいつの間にか真っ暗になっていた。

「トキさん」

グアン・グアンが尋ねた。

「さっき言ってたこと…手足を失った理由は何ですか?」

トキさんの表情が一瞬固まった。

そして、ゆっくり口を開いた。

「この前、グアン・グアンに話した子どもの頃のことだよ。うちの村に食人鬼が押し入ってきた」

杯を傾けた。

「私はその時十一歳だった。家族と逃げる途中ではぐれた。妹とも」

グアン・グアンは黙って聞いた。

「それで、私は捕まった」

トキさんの声は淡々としていた。まるで他人事みたいに。

「食人鬼のキャンプに引きずられて、木の柱に縛られたまま数日耐えた。最初は腕を一本切られた」

「…」

「次は脚を一本。その次は別の腕」

クイが顔をしかめた。聞くだけでぞっとする話だった。

「奴らは私が苦痛で死なないように、わざと少しずつ何日もかけて切って食べた。新鮮な肉を保つために」

「…」

「手足を全部失うまで。残ったのは胴体だけだった」

トキさんは自分の手—機械の手—を見下ろした。

「死ぬと思った。いや、死にたかった。その痛みから逃げたかった」

しばし沈黙が流れた。

「でも、その瞬間、現れた」

トキさんがエノクを見た。

「血まみれの大剣を持って、あの化け物どもを全部屠る一人の人。それがエノクだった」

エノクは黙々とトキさんの脚を組み立てていた。

「エノクが私を助けてくれた。治療してくれて、この手足を作ってくれて、剣術も教えてくれた」

トキさんは笑った。

「だから私が『師匠』って呼ぶんだ。命の恩人で、師匠だから」

エノクが最後のネジを締めた。

「終わったぞ」

「ありがとうございます、師匠」

トキさんは立ち上がった。両脚でまっすぐに。

グアン・グアンはトキさんを見上げた。

おしゃべり。料理上手。強い剣士。

そして—

地獄を生き延びた人。

「だから私は食人鬼を狩る。妹を探すため。そして復讐するため」

トキさんは窓の外を見た。

「いつか妹を見つける。生きていても死んでいても、結果を知らなきゃいけないから」

月光が銀髪を照らした。

「それが私の話」

夜は更けた。

クイはソファで眠っていた。トキさんも隅でいびきをかいていた。エノクは作業台で何かを作っていた。歯車とネジがころころ転がっていた。

グアン・グアンは眠れなかった。

窓の外を見た。星が降り注ぐような空だった。

ケンじいさん。

傭兵のおじさん。

彼らの悲鳴がまだ耳に残っていた。

「眠れないのか?」

エノクが訊いた。

「…はい」

「当然だ。初めて死を間近で見ると、誰でもそうなる」

エノクは手を止め、グアン・グアンを見た。

「でもお前は生き残った。それが大事だ」

「…私が生き残る資格なんてあるんでしょうか」

「資格?」

「私は何もできなかった。トキさんが助けてくれなかったら死んでました」

エノクがふっと笑った。

「トキも最初はそうだった。私が助けなければ死んでいた」

「…」

「生き残った者が罪悪感を抱くのは自然だ。だが、それに食い尽くされるな」

エノクは立ち上がり、グアン・グアンの隣に座った。

子どもの身体から妙な威厳が感じられた。

「生き残ったなら、生きていけ。それが死んだ者への礼儀だ」

「…はい」

「それに」

エノクは眠っているトキさんとクイへ視線を向けた。

「お前はもう一人じゃないだろ」

グアン・グアンも彼らを見た。

トキさん。おしゃべりで料理上手な義手の剣客。

クイ。昨日まで敵だった太陽教の従者。

エノク。千年を生きたシンス。

妙な組み合わせだった。

でも。

「…そうですね」

グアン・グアンは笑った。

初めて、心から楽に笑えた。

「ありがとう、エノク」

「ふん、気にするな」

エノクは立ち上がった。

「さあ、もう寝ろ。明日の朝もトキがうるさいぞ」

「はい」

グアン・グアンは目を閉じた。

温かかった。

怖いことがたくさんあった。死にかけた。人が死ぬのを見た。

でも生き残った。

そして仲間ができた。

ヌアンヌアン。

待ってて。

お姉ちゃんが帰るから。

お金も稼いだし、戦い方も覚えた。

もう少しだけ…強くなれたかもしれない。

眠気が押し寄せた。

夢の中で、妹の顔が見えた。

眩しいくらいに笑っていた。

翌朝。

グアン・グアンは暖かな陽射しで目を覚ました。

隣を見るとエノクがいた。幼い身体のまま、すやすや眠っていた。

昨夜は寒くて、無意識に抱きしめてしまったらしい。

「…かわいい」

エノクの身体はトキさんと違った。冷たくなく、温かい。機械なのに。

「むにゃむにゃ…」

エノクが寝言を言った。

グアン・グアンは静かに起き上がり、窓の外を覗いた。

山の下には砂漠が広がっていた。はるか遠く、国境地帯の煙が立ち上っていた。

恐ろしい世界だった。

でも。

振り返ると、トキさんが朝の体操をしていた。機械の手足をしなやかに動かしながら。

クイは何かぶつぶつ言いながら祈りを捧げていた。太陽教特有の儀式のようだった。

エノクは相変わらず眠っていた。ちびっこみたいに。

「あ、グアン・グアン起きた?」

トキさんが手を振った。

「今朝は何食べる?お粥?チャーハン?あ、昨日残ったキムチ豆腐を温めても美味しそう!」

「…なんでもいいです」

「なにそれ、そっけない。朝から元気出さなきゃ!」

トキさんがグアン・グアンの肩をポンと叩いた。

「今日から本格的に剣術教えるから覚悟してね!」

「え?」

「エノク師匠に許可もらった。グアン・グアンはセンスがあるから、ちゃんと教えればすぐ伸びるって」

「わ、私が?」

「そう、君!これから私の弟子だ!」

トキさんがにっこり笑った。

グアン・グアンはぼんやりその笑顔を見つめた。

弟子。

家族ではないけれど。

仲間。

それも悪くない気がした。

「さ、じゃあ朝ごはん食べて訓練開始!クイも参加!」

「え?!わ、私もですか?!」

「当然!太陽教の剣術も覚えておけば後で役に立つよ!」

トキさんは台所へ駆けていった。

クイが困惑した顔でグアン・グアンを見た。

「あ、あの人っていつもああなんですか?」

「…はい、いつもああです」

グアン・グアンはため息をついた。

でも口元には笑みが浮かんだ。

うるさくて、落ち着きなくて、変な人たち。

でも嫌じゃなかった。

むしろ。

良かった。

これが。

新しい家族、なのかな。

Mochimore
主に変わった物語を書いています。

© 2026 Mochimore. All rights reserved.