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ep3. 国境地帯のしょぼい食人族と戦場 cover

ep3. 国境地帯のしょぼい食人族と戦場

収録作品 砂漠の黒ギャル剣士グアングアン

トッキさんのとんでもない『脇の下おにぎり』製法?! 生きるのも難しい荒野で食人族を斬り、戦場の死体を漁るグァングァンの涙ぐましい死闘が始まる。敵軍の少年兵との運命的な出会いまで――一寸先も読めない国境地帯サバイバル!

公開日: September 8, 2025

第3話

「国境地帯のしょぼい食人族と戦場」

国境地帯が近づくほど、空気が変わっていった。

乾いて熱い砂漠の風に、何か別の匂いが混じり始める。鉄と煙、そして腐りかけた何かの匂い。

死の匂いだった。

「ねえ、トッキさん。」

「ん?」

「あそこ、なんか変なの見えません?」

グァングァンが遠くを指さした。地平線のあたりで、緑色の何かがゆらゆら揺れていた。一見すると竹林みたいにも、蜃気楼みたいにも見える。

でも、それが動いていた。

こちらへ。

「あ。」

トッキさんが目を細めた。

「虎も噂すれば来るっていうし。ちょっと喋るの減らしたほうがいいかな。」

「え? あれ、何なんですか?」

「食人族。」

グァングァンの顔が強張った。

「あれが…全部ですか?」

「うん。あのくらいなら三十匹? 四十匹?」

トッキさんは平然と答えた。まるで『今日はいい天気だね』と言うみたいに。

「さ、三十匹?!」

「心配しなくていい。あいつらはしょぼいやつらだよ。」

トッキさんが剣の柄を軽く叩いた。

「ほら。緑の刺青でしょ? 食人族にも種類があるんだ。赤い刺青は戦闘型で強いやつ。存在を誇示したくて、わざと目立つ色を塗る。で、あの緑の刺青は迷彩型。狩りのとき草むらに隠れるために緑にしてるんだけど…」

トッキさんがぷっと笑った。

「ここ砂漠じゃん。草どこにあるの。馬鹿だよね。」

「でも三十匹も…」

「だからさ。」

トッキさんが突然グァングァンの肩を掴んだ。

「グァングァンが相手するのにちょうど良さそう。」

「…え?」

チャルグラック— チャルグラック— チャルグラック—

食人族が近づいてきていた。近くで見ると確かに小さい。大人の男の腰くらいの身長。骨ばった体。手には錆びた刃物や尖った石を握っている。

飢えた瞳がぎらついた。

「うわあん〜 ついて来ないでよ〜!!」

グァングァンは走り出した。反射的な行動だった。

「グァングァン! 立ち向かわなきゃ!」

トッキさんも横に並んで走りながら叫ぶ。

「私に三十匹くらいついて来てるんですけど! こんな数相手にしたことないって!」

「そのくらいなら勝てる! 一振りで一人ずつ倒すとして、三十人なら十分で終わるし…」

「その計算なんなんですか!」

「私がバリバリ食人族ハンターやってた頃は—」

ドサッ—!

突然トッキさんが転んだ。

「えっ?!」

グァングァンが慌てて振り返ると、トッキさんが砂地にうつ伏せになっていた。食人族が一瞬で彼女を取り囲む。

一匹の食人族がトッキさんを肩に担ぎ上げた。

「うへえん— グァングァン、助けて〜」

…え?

その声。

落ち着きすぎじゃない?

グァングァンは瞬間、悟った。わざと転んだんだ。自分を試すために。

『この人ほんと…!』

でも怒ってる暇はなかった。食人族がグァングァンを囲んでいた。

チャルグラック。チャルグラック。

小さな目が光る。よだれを垂らす口。鋭い歯。

逃げたら追いつかれる。

後ろからやられる。

戦わなきゃ。

グァングァンは剣を抜いた。

「キエエッ—!」

最初の食人族が飛びかかってきた。棍棒を頭上に振り上げ、叩きつける構え。

グァングァンは歯を食いしばった。

冷静に。

相手は小さい。腕が短い。私の刃が先に届く。

「死ねぇぇ—!」

ズブッ—!

剣が食人族の胸を貫いた。

「キエ…エッ…」

倒れた。

一匹目。

ザクッ—!

とどめ。右斜めに斬り払う。完全に倒れた。

「キエエッ—!」

「キエエッ—!」

二匹が同時に突っ込んできた。

「う…うわっ! 同時に来るなってば!!」

ガッ—! ザクッ—!

一匹の攻撃を剣で受け止め、そのまま力を込めて押し返す。バランスを崩してよろめいた瞬間に斬り捨てた。

ヒュッ—

残った一匹が横から突いてきた。体をひねってかわして—

ズブッ—!

頭を突き刺した。

二匹目、三匹目。

「来るなら来てみろ!!」

グァングァンが叫んだ。血が沸き立つ。恐怖より興奮が勝っていた。

三匹を素早く斬り倒すと、食人族たちがひるんだ。互いの様子をうかがいながら後ずさる。

弱い。

本当に弱い。

バルダッキのほうが怖かった。

「グァングァン〜 私を助けなきゃ〜!」

トッキさんの声が聞こえた。まだ食人族の肩に担がれたまま。

「そうだ! トッキさん!」

グァングァンはトッキさんのほうへ走った。道を塞ぐ食人族を一匹ずつ斬り払っていく。

ザクッ—! ズブッ—! ズブッ—! ザクッ—!

いつの間にか体が動いていた。考えるより先に剣が出る。肩を斬り、喉を突き、脚を断つ。

「キエ…」

「キエッ…」

食人族が次々に倒れていく。

そして。

最後の一匹。

トッキさんを担いでいるやつだった。

「…グアアアッ!!」

グァングァンの剣がその頭を割った。

トッキさんが砂の上へ落ちる。優雅に一回転して着地。

「うひょ〜 グァングァン、ナイス!」

「はぁ… はぁ…」

グァングァンは膝に手をつき、荒い息をついた。全身が汗と血でぐちゃぐちゃだった。血は全部食人族のものだったけど。

「トッキさん…自力で十分抜け出せたのに…」

「えー、でも訓練になったでしょ?」

トッキさんがニッと笑って、グァングァンの頭を撫でた。

「三十匹。十分以内。立派。」

「…はぁ。」

褒めてるのか、からかってるのか分からない。

でも。

やった。

三十匹を一人で倒した。

グァングァンは血のついた剣を見下ろした。手は震えていなかった。

国境地帯に着いた頃、日が沈みかけていた。

いくつもの砂岩の丘に囲まれた盆地。その中に崩れた建物が散乱していた。かつては計画都市だったらしい。帝国が野心的に建設した新都市。

今は廃墟だった。

「思ったより死体が見えませんね。」

グァングァンがつぶやいた。毎日大規模な戦闘があると聞いていたので、死体が山を成していると思っていた。

「全部食人族が持っていくから。」

トッキさんが答えた。

「戦争のおかげで食人族が繁栄したんだよ。タダの餌が毎日降ってくるから。」

背筋が寒くなった。

「見ろ。」

ケン爺さんが丘の向こうを指さした。

砂埃が舞い上がっていた。二方向から。

「右が帝国軍、左が太陽教軍だ。もうすぐぶつかる。」

遠征隊は丘の上に身を潜め、戦いを見守った。

チン—! カン—!

ウラ—!!

うわあ—!

剣と剣がぶつかり、鬨の声が上がり、悲鳴が弾けた。

鉄の鎧を着た帝国軍が押し込んでいく。組織的で訓練された動き。だが太陽教側から援軍がどっと押し寄せた。

巨大な剣を振るう騎士たち。

一人が剣を振るたび、帝国の兵が三、四人倒れた。

「あれが太陽教の聖騎士だ。」

トッキさんが説明した。

「鎧も分厚いし、力も強いし、狂信者だから死を恐れない。相手にしづらいよ。」

「じゃあ私たちが拾うべきのは…」

「帝国兵の剣。重くもないのに値が結構つくんだ。」

だが戦いは帝国軍の勝利で終わった。後続の援軍が到着して太陽教軍が退いたのだ。

「ちくしょう。」

傭兵のおじさんが舌打ちした。

「帝国軍が勝つと、死体回収を徹底するんだよな。」

「夜まで待つしかないな。」

ケン爺さんが言った。

「暗くなったら回収しきれなかった死体を漁りに行こう。」

今夜のおかずは揚げナスだった。

肉好きのトッキさんは少し物足りなさそうだ。

「肉のおかずがないのは残念だが…それでも素晴らしい食事だな。」

突然、トッキさんが食べていた白米と私を交互に、何度もちらちら見た。

「ちょっと…しょっぱいグァングァン、少しこっちに来て。」

「うん…? ごくん。私ですか?」

器に少し残っていた揚げナス丼を急いで平らげ、トッキさんのところへ行った。

「腕、ちょっと上げてみて。」

「はい!」

その瞬間、トッキさんは私の脇の下でご飯を握り、おにぎりを作り始めた。

「うあああああ〜!!! 何してるんですかトッキさん!!! 」

「へ、へへっ。ご飯の味がイマイチで、おかずも薄いから、しょっぱいグァングァンをおかず代わりにして食べようと思って。」

トッキさんの華麗な手さばきで、おにぎりはあっという間に形になった。

その間も、トッキさんの冷たい手が私の敏感な肌に触れて、びくびくせずにはいられなかった。

「う〜ん! これは別に塩いらないね。うまい、うまい!」

トッキさんはとても幸せそうな顔で、おにぎりを美味しそうに食べた。

その光景を見たケン爺が近づいてきて、

「もしや— 私にも作ってくれないか?」

「や、やめてください〜!」

月が昇った。

遠征隊は静かに戦場へ降りていった。足音を殺し、息をひそめて。

死体があちこちに転がっていた。ほとんどが太陽教の兵士だった。白い服に赤い血がにじんでいる。

「さあ、手早く漁って撤収だ。」

ケン爺さんが指示した。

グァングァンは一番近い死体に近づいた。若い男だった。目が半分開いていた。

…死んでる。

手が震えた。

「ためらうな。」

トッキさんが隣で言った。

「死んだ人に悪いと思う必要はない。この人も生きてたときは誰かを殺してたはずだから。」

「…はい。」

グァングァンは死体の腰回りを探った。鞘に差さった短剣を引き抜く。かなり良い品質だった。

「これ、いいね。」

「もっとあるはず。こっち。」

そうして一時間ほど死体を漁った。剣、硬貨、装飾品…思った以上に収穫があった。

「もう十分じゃない?」

誰かが言った。

「もう一回やろう。」

ケン爺さんが言った。

「どうせ危険は同じだ。一回来たんだから、できるだけ多く持ち帰ったほうが得だ。」

遠征隊員たちは同意した。グァングァンも従った。

でも、そうするべきじゃなかった。

翌日。

朝の戦闘が始まったとき、遠征隊は戦場のど真ん中にいた。

「くそ、遅れた!」

逃げようとしたが、すでに両軍がぶつかっていた。逃げ道はなかった。

「帝国軍の鎧を着ろ!」

ケン爺さんが叫んだ。

「混ざり込めば見分けつかない!」

慌てて死体から鎧を剥ぎ取り、身につけた。兜もかぶった。互いの顔すら判別しづらい。

「ねえ、なんで帝国軍の鎧なんですか?」

グァングァンが聞いた。

ケン爺さんが答えた。

「太陽教の連中は女を戦いに絶対出さない。教義のせいだ。男は太陽を見てもいいが、女は太陽を見ちゃいけないとか何とか。だけどお前とトッキは女だろ? 太陽教の服を着ていてバレたら即死だ。」

「…なるほど。」

グァングァンは重い鎧を着込み、兜を深くかぶった。

そして戦場へ飛び込んだ。

カン—! チャン—!

四方で金属がぶつかる音が響く。血の匂いが鼻を刺す。悲鳴が途切れない。

グァングァンは帝国軍の中に紛れて走った。目の前に太陽教兵が現れたら避け、帝国兵が見えたらついていく。

これは私の戦いじゃない。

生き残るだけでいい。

そのときだった。

ス—ウン!

横から剣が飛んできた。

反射的に剣を構えた。刃ではなく、腕当てに当たった。

カン—!

「うわっ! お前なんだよ!」

グァングァンが叫んだ。

相手は太陽教の兵士だった。いや、兵士にしては若すぎる。十七、十八くらい? 茶色の髪に丸い目。顔にはまだ幼さが残っていた。

だが剣を振るう腕は並ではない。

「太陽神万歳! 悪魔は死ね!!」

少年が叫び、剣を振り回した。華麗な動き。太陽教特有の剣術だった。

グァングァンは防戦一方だった。受けて、避けて、下がって。

「ゲホッ! ゲホッ! も…もう殴るのやめてよ!」

言った瞬間、剣が頭を狙って飛んできた。

首をひねって避けた。紙一重。

冷や汗が流れた。

こいつ、強い。

食人族とは次元が違う。

グァングァンは歯を食いしばった。攻撃が来るタイミングを掴んで—

相手の腕を掴んだ。

脇に挟んでひねった。

ポキッ—

「ぐあっ!」

少年が悲鳴を上げた。腕が折れたのだ。

「し、死ねこの悪魔め!!」

それでも少年は止まらなかった。折れた腕を無視し、もう片方の手で短剣を抜く。

その刃がグァングァンの腰を狙った。

グァングァンは少年の脚を蹴り払った。少年がよろめいて倒れる。

その上に乗った。

拳を叩き込んだ。

ドン! ドン! ドン! ドン!

「ぐぅ…まだ…早い…悪魔め…!」

少年が抵抗した。両手でグァングァンの手首を掴もうとする。

グァングァンは少年の両腕を片手で押さえ、もう片方の手で兜を外そうとした。

兜が外れた。

茶色い髪がこぼれ落ちた。

少年の目が大きく開いた。

「えっ…お…女?」

「…」

グァングァンも思わず固まった。

相手も顔を見た。汗に濡れた褐色の肌。黒い髪。丸い目。

「な、なんで女がここでこんな…」

少年の声が震えた。怒りと混乱が入り混じった表情。

その隙を逃さなかった。

ドン—!

グァングァンの拳が少年の顎を正確に打ち抜いた。

少年の目がひっくり返り、意識を失った。

「はぁ… はぁ…」

グァングァンは倒れた少年の上で荒い息をついた。

殺してはいない。

理由は分からない。ただ手が止まった。

「グァングァン!」

トッキさんの声が聞こえた。遠くで手を振っている。

「こっち! 抜けられる!」

グァングァンは倒れた少年を一度振り返り、トッキさんのもとへ走った。

戦場を離れたとき、日が沈んでいた。

遠征隊は無事だった。少なくとも大半は。

「はぁ…生きた…」

グァングァンは砂の上にへたり込んだ。

懐にしまった剣と硬貨がずっしりと感じられる。

「お疲れ。」

トッキさんが隣に座った。

「今日も生き残ったね。」

「…はい。」

生き残った。

また。

不思議なことに、だんだん慣れてきていた。

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